2026年02月04日

2022年12月30日

読んで字の如く季節を分ける節分も終わり、
今日2月4日はいよいよ立春ですね。
冬来たりなば春遠からじ―
子供の頃から寒い冬はやや苦手でした。
一日も早く春の到来を知らせて欲しいものですね。

さて、過ぎたことを四の五の言っても仕方ないのですが、
投薬治療開始時の思慮や検討が全然足りてなかった―
今にして思えば、これはまさに痛恨の極みです。
人生最大の悔恨の情と言ってもいいかもしれません。
できることなら時間を巻き戻したい。巻き戻して投薬を
回避していたならば、果たしてどんな今があったのだろう…
そんなウジウジしたことを何度思ったか分かりません。

もちろん、抗血栓薬だけが脳出血発生の原因だったとは
断定できないし、実際それは違うかもしれません。
しかしこの投薬で脳出血に対する全体的なリスクレベル
が大幅に上昇したことにより、部分的には極めて危険な
領域にまで侵入していたであろうことは、誰が考えても
容易に推測できます。
今ここをご覧の賢明なる諸兄、
事は抗血栓薬だけに限りません。投薬治療を開始する際
にはどうか慎重に検討されてください。
例え相手が全幅の信頼を置いているドクターであっても
その場の説明で即決したりせず、一旦は持ち帰って自分
なりに調べてみる…などということは当然のステップで
あるし、後に禍根を残さない重要な手順だと思います。
特に抗血栓薬の副作用は過酷です。
高血圧、かつ血管がもろい傾向の人にとっては、
生命を危険地帯に陥れかねない極めて危険な薬剤です。
治療で得られる効果と、著しく危険で重大な副作用。
どうか慎重に検討された上で、冷静に対処して欲しいと
願うばかりです。

***

2022年12月30日。
その日が寒かったのかどうか明確な記憶がありません。
が、小春日和のような温かさはほぼなかったと思います。
ちなみに1週間前の12月23日には積雪したようです。
なぜか撮っていた写真がありました。
北国の人に言わせたら、こんなの積雪とは言わないって
怒られてしまいそうだけど^^;

20221223101137710_COVER.JPG
(2022年12月23日午前10時11分、自宅前の道路)

さて、ジム通いを始めて既に10年近くのカミさん。
お隣の奥さまに勧められたのが発端で通い始めた市営の
ジムに、年パスで年間360日※ぐらい通っていました。
(※年間360日≒ジム休館以外は全勤という意味w)
まるで仕事のように通っていたジムは、大晦日と三が日
はお休みです。だからこの日12月30日はジム納めだ…
と言っていました。

おぼろげな記憶をたどると、お正月用の食材を買いに
自宅近くの産直のお店に向かったのが午前9時半すぎ頃
だったと思います。
買い物を終えたカミさん曰く…
「5日まで休みだって!ちょっと休みすぎじゃないの!」
産直店の年始休暇にややご立腹の様子でした(笑)。
その後、産直店エリアに隣接するGSで給油して洗車です。
私は汚れたクルマ(と言っても泥んこじゃありません)
でも気にならないんですが、カミさんは洗車したがり。
12月も30日とあって、洗車機には行列ができてました。
洗車機待ちは結構長く感じたなあ。小一時間ぐらい??
途中からカミさんもブツブツ言い始めました。
洗車が終わって拭き上げです。
私ひとりならば拭き上げなんてまずやらないんですが、
カミさんはしっかり拭き上げたいクチ。
まさかこれが一緒にやる最後の洗車作業になるなんて
その時は分かる由もありません。
だから今にして思えば、やって良かったなあと思います。
軽い買い物、そして給油に洗車。
帰宅したのは12時をまわっていたと推測します。

帰宅して私は食事。カミさんはジムです。
確かメシの用意をしてくれたと思います。
だからジムに出発したのは13時前ぐらいだったかなあ。
程なくして、携帯に着信がありました。
着信時刻13時16分。発信元はジムです。
その瞬間、物凄くイヤな予感がしたのを覚えています。
「奥さまが倒れられました。意識はありません」

着信履歴.jpg
(忌まわしき着信履歴 久々に思い出しました)

一瞬、何を言っているのか分かりませんでした。
通話時間は1分10秒となっていますが、せいぜい10秒か
20秒ぐらいの、ほんの短い記憶しか残っていません。
倒れた? 意識がない?? え? え?

***

どうでもいいような、余計なことばっかり書いてるから
心なしか何だか疲れてきました^^;
ちょっと休憩します。
posted by song4u at 22:29| 暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月31日

痛恨の抗血栓薬

年が明けたかと思ったら、1月ももう終わりです。
いやはや、なんて時間の経つのが速いのでしょうか。
まったくどうしようもないなあ。
光陰矢の如し…もとい、光陰言語道断(笑)。

***

2022年12月30日。
…の話をする前に、しなければならない重要な話があります。
それはこの日から遡ること約1か月前、11月25日に入院手術した
へそヘルニア事件です。
お産以外で入院などしたことのなかったカミさんだったのですが、
腹圧でおへそに腸が入り込むへそヘルニア、入院する数日前から
急に痛み始めたようでした。
基本的な治療法は手術のみとのことで、仰々しい手術の承諾書を
書かされましたが、手術そのものは危険性のほとんどない、
安全性の高いものだったようです。
全身麻酔で約2時間ぐらいだったでしょうか、手術は入院したその日、
11月25日の午後に行われ無事終わりました。

DSC_0553.JPG
(カミさん入院中の2022年12月12日の昼飯、能天気な中華丼)

何事もなければ、せいぜい1週間前後の入院期間らしいのですが
カミさんには色々と問題があったようで、最終的な入院期間は
20日間にも及びました。
諸問題のうち最も重大なものが術後の各種検査で見つかった「血栓」
であり、最近できた新しいものではなく、かなり前にできた古いもの
であるとの主治医の話でした。
古いものなので、それがいきなり身体じゅうを駆け巡って重篤な
病気を引き起こす危険性は相当程度小さいけれども、放置するよりは
対処したほうが良いのではないか…との主治医からの提案を受け、
抗血栓薬(俗に言う血液をサラサラにする薬)の投薬を行うことと
なりました。
この時は、この薬が脳出血のリスクを高めることなど知る由もなく、
かつ、そのような説明も主治医からは特になかったため、何の不安も
抱くことなく投薬を開始したような状況でした。
しかしその後、調べていくうちに色々なことが分かりました。
実はこの血液をサラサラにする抗血栓薬は、高血圧症の持病があり、
かつ血管年齢が高い(動脈硬化など)カミさんのような体質の人には
極めて危険この上ない薬剤だったのです。
参考リンクはこちら。是非ご一読を!
https://www.web.nhk/tv/an/kyonokenko/pl/series-tep-83KL2X1J32/ep/X6J8XZ9VNR

***

ブログ再開の第1回目のつもりだったのですが、
またしても本編に入れず予告編の続きに終始してしまいました。
次回は「2022年12月30日」について書きたいと思います。
posted by song4u at 22:26| Comment(8) | 暮らし | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月30日

12月30日

12月31日は大晦日。
その一日前の12月30日は、小晦日って言うんだそうですね。

DSC_0546.JPG
(2022年11月14日 ウォーキング中に撮影、記事とは無関係です)

12月30日。
この日が来ると、やっぱり思い出してしまいます。
2022年の12月30日。カミさんが脳出血で倒れた日です。
まるで仕事のように通っていたジムの更衣室で倒れました。
あれからもう丸3年が経ったんだなあ…
時間が経つのは速い、本当にあっという間です。

3年前の今頃はまだ状況をよく認識できていませんでした。
大変なことが起こっているというのに半分夢の中にいるような、
どこか現実味に乏しいフワフワした意識の中にいた気がします。
翌日の大晦日。
現実に起こっていることが身に染みて実感できるようになるにつれ、
次第に気が狂って行く自分がボンヤリと、そして確実に分かりました。
いかん、気が狂ってるような場合じゃない!
そうは思うものの、何をすればいいのか、何から始めればいいのか?
そもそもオレには一体何ができるのか?
今にして思えば、そんな取り留めのないことを考えながら、
同じ場所をグルグルと何度も何度も回っていたような気がします。

その時と比べれば、今は何と幸せなことでしょう。
取り立てて何と言うような特別なことは何もありませんが、
何事もなく過ぎていく日々が幸せの塊であると感じています。
介護が楽しいとは申しませんが、少なくとも大変さはありません。
ぼくが先に潰れませんように…と、ただただ神さまに祈るだけです。
一日一日を大切に。明日も楽しく過ごそう♪

今日は予告編のようなものです。
年が明けたら、少しずつでも記憶のかけらを呼び覚ましながら
3年前のこの日のことから書き始めようと思います。
それが改題したこのブログの原点ですから。
posted by song4u at 23:16| Comment(12) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年02月28日

ありがとう、そしてさらばSSブログ!

sonet-PHOTOが消滅し、sonet-BLOGも終了。
引き継いでくれたSSブログも3月末に終焉を迎えるとのことです。

PHOTOとBLOGは別々にやっていたのですが、PHOTOの終了に伴いやむなく
BLOG側に力づくでマージしました。
初期にブログらしくない短い記事もどきが散見されるのはそのためです。
そして無理やり一本化したそのBLOGも終了となり、元々の制作者であったSSが
引き継いだものの、SSもso-net仕様の負荷に耐えられず、ついには完全終了。
SSがsonetから引き継いだ時、最低継続期間の話があったのかもしれません。
何事も始まりがあれば終わりがある。世の常ということでしょうね。

昨日、seesaaではなく、ライブドアBLOGにエクスポートしました。
ファイルサイズ超過とのことでSSから他ブログへの書き出しが1アーカイブ毎
しかできない上、ライブドア側の読み込み処理でその都度待たされるため、
めちゃんこ時間がかかりました。
全アーカイブの移行と確認で、結局2時間近くかかったと思います。
単純作業の繰り返しで、ちょっと疲れました^^;
https://song4u.blog.jp/

ライブドアでひと通りの設定を終えて、「よしこれでOK!」と思ったのですが、
なぜか何かが気になって、seesaaブログへの移行ツールも見てみました。
さすがはSS終了に伴い用意された移行ツールですね、超簡単操作のようでした。
さっきまでやってたライブドアへの移行がウソのような超楽勝ツールに驚き、
予備として?(笑) seesaaにもエクスポートすることに決定!(おいおい)
昼下がりの時間帯でサーバーが空いていたのでしょうか、移行処理の所要時間も
15~20分ぐらいでアッという間でした(計測まではしてませんけど)。
https://song4u1954.seesaa.net/

*** *** ***

さて、移行に伴い、ブログタイトルを変えることにしました。
もともとこのブログは、現役時代に人事異動で能力以上の重い職務に任じられ、
ともすれば潰されそうになる自分を何とか支えつつ叱咤激励するため、
日々の成果を「自分に見える化」すべく、【今日のオレは何点だったか?】
という採点ブログを思いついたのが起点でした。
当時はあれほど切羽詰まっていたはずなのに、今読めばお笑い草です。
過ぎ去ってしまえば、案外そんなものなのかもしれませんね(なんてな^^;)。
しかし現役を退いて数年が経過した今、もはや採点などする必要はありません。

てなわけで、改題です。
現在の自分の気持ちに最も近いと思われる文言を探しました。
ひねもすのたりのたりかな・・・と過ごしたいものです。

【天気晴朗にして波静か】


当面、seesaaをメインに試用してみようと思います(こらこら)。
で、イマイチならばライブドアに代えるかもしれません(こらこら×2)。
・・・なんてね、偉そうに言えるほどマメに更新するとは思えないけど(笑)。
なお、自動転送の設定は終了日ギリギリまで控えようと思います。
やるとすればSSブログ最後の日かなあ。忘れなければ^^;

とにもかくにも、SSブログにはここまで本当にお世話になりました。
ありがとうSSブログ! さらばSSブログ!!
では皆さん、seesaaブログでお会いいたしましょう!
posted by song4u at 16:05| Comment(67) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月15日

2022 終戦記念日

8月15日、終戦の日―
もう77回目を数えるのだそうです。
今年もつつがなく、そして静かにこの日がやって来ました。
毎年感じていますが、今日も改めて感謝の念に包まれました。
平和な今の時代があるのは、勇敢に戦われた英霊のお陰です。

DSC_0474rr.JPG
(里山のカノコユリ、7月15日ウォーキング中に撮影)

戦いたくて戦われたわけではないのは明らかです。
しかし時代の運命に、自らも追従されたのだと思います。
そういう先人の皆さまの希望や祈り、無念や悔恨を思う時、
今、生を受けている私たちがこの先何を想い、何を為すべきか?
それは言うまでもないことではないかと思っています。

DSC_0494rr.JPG
(里山は徐々に秋色が広がって行きます、今日のウォーキング中に撮影)

今年の終戦記念日には特別な思いがあります。
それは7月8日、凶弾に倒れた安倍元首相の想いを感じるからです。
安倍さんは私と同年の生まれ、とても親近感がありました。
もちろん、親近感だけではありません。
私が知る宰相の中で最も優れた、勇気と行動力と知性に富んだ人でした。
中でも、国際的に日本の地位を飛躍的に高めたのは特筆すべきでしょう。
こんなリーダーは後にも先にも安倍さんだけです。本当に唯一無二。
実の父親を亡くした時にも感じなかった喪失感、虚脱感を覚えました。
今でも残念な思いが消えません。悔しさや寂しさは増すばかりです。
安倍さんの無念は、先の大戦で戦禍に倒れた英霊の皆さんと
どこか重なるものを感じます。胸が締めつけられます。

20220815黙祷r.jpg
(令和4年度 全国戦没者追悼式 厚労省の公式YouTubeスクリーンショット)

正午からの1分間の黙祷。
今年の黙祷は思いのほか短く感じられました。
どうしたんだろう?
色々なことが脳裏を駆け巡っていたからなのだろうか?
いつもならなかなか経たない1分が、今年は本当に速く感じました。
こんなことは初めてでした。

-----

誰々が靖国を参拝したとかしないとか。
相変わらずレベルの低いマスゴミ記事が溢れていますね。
また昨今、安倍さんと旧統一教会を云々と言い募る輩がおりますが、
「無礼者!」と一刀両断したい気持ちでいっぱいです。
だけど今宵は、そういう次元の低い話はしたくありません。
今日だけは、何があっても安らかな気持ちで過ごさねば。

最後に、天皇陛下のお言葉全文を掲載して終わりにしようと思います。
英霊の皆さん、そして安倍さん、どうぞ安らかに。

■天皇陛下のお言葉
 本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、
全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った
数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
 終戦以来77年、人々のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と
繁栄が築き上げられましたが、多くの苦難に満ちた国民の歩みを思うとき、
誠に感慨深いものがあります。
 私たちは今、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によるさまざまな困難に
直面していますが、私たち皆が心を一つにし、力を合わせてこの難しい状況を
乗り越え、今後とも人々の幸せと平和を希求し続けていくことを心から願います。
 ここに、戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ、過去を顧み、
深い反省の上に立って、再び戦争の惨禍が繰り返されぬことを切に願い、
戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、全国民と共に、心から追悼の意を表し、
世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
posted by song4u at 21:30| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする